No doubt!!!!!

関西の”8人の小人”と紡ぐFunkyな日々

現場オフシーズンの話 #odaibako

数年前にデビュー組からJr.に降りた者です。まだはっきりとしたことはわからないですが、自担が辞めてしまったかもしれないです。気持ちの整理ってつかないものですね…

 

 

「Jr.の担当になる」
と決めたとき、
新しい楽しい世界に飛び込むことへのワクワクと、
いつか必ず「その日」が来ることへのちょっとした覚悟を抱いてJr.担の扉を開けた、そんな覚えがあります。

 

私が数年前、担当と呼んでいたJr.の子とバイバイしたとき、その人は「次がんばります」って言ってたんですけど、その「次」は結局なかったんですよね。(ジャニーズの舞台じゃないところで次があったみたいだけど)

 

だから、関ジュ担に出戻ってから

毎回私的楽公演では【これが最後かもしれない】と思いながら幕が下がるのをぼんやり見ています。ジャニwebや雑誌のどんな前向きな言葉も信じない、目の前の舞台の上の現実しか信じてないです。

 

長いことジャニヲタしてると、嫌でもいろんなケースを経験してしまうが故、無意識に過去の事例のと現状を比べて自分なりの仮説を立ててしまいます。
「やっぱりあのときと同じだ」と思うこともあれば

「でもこんなこと前例にないし」と思うこともあって。

 

でもいろんなケースを見ているからこそ、「なんか幕開いたらいつも通り上手にいそうなんだけど」「年明け城ホにいるかもしかない」と思ってる節もあります。


なんなら毎回新しい幕が開く度に、「あっ!××くん久しぶり!!!!」って、毎年恒例のサプライズがあるんじゃないかとわくわくしてる自分もいて。

 

 

こういうときのオフシーズン、1日1日ってすごく長く感じますよね。

こんなにも「情報」に溢れた世の中なのに、いざというときに知りたいこと、欲しい情報が全く手に入らない。
「はやく何かしろの答えを知りたい」という想いと、逆に「はっきりした答えは出さないでほしい」という気持ちの板挟みで・・・・

 

「今日はいなかった」と聞くと、「もしかして・・・・」と思いつつ、

Jr.のお仕事の範囲が広がった今、「別のお仕事かも!」と期待もできるし、でも期待したら期待したで、その分跳ね返ってくるものも大きいし、かといって何も考えずにはいられなくて。

 

あと、こういう時期の「××くんがいないと◯◯じゃない!」「★人で▲▲じゃないの?」「退所反対」みたいな風潮すごく嫌いです。気遣ってくれてるのかもしれないけど、こんなことになる前に、ここでとやかく言うよりも

もっと応援してあげてほしかった、
写真の一枚でも買ってあげてほしかった
ファンレターの1枚でも送ってあげてほしかった

って心の狭い私は思ってしまいます。
(自己防衛しておけばいい話なんだけど)

 

「信じて待ってれば」等の前向きな言葉、自担の退所を経験したことがある私からは口が裂けても言えないので、お力になれずかたじけないないですが


わたしは、なんとなくだけど、次の幕が開いたとき
「結局あの一連の話はなんだったんだ?」って言ってる気がします!

そんな気がするし、そうであってほしい!

 

 

お題をくださった方のお力になるどころか、お気持ちを害してしまっていたらごめんなさい。

これだけ偉そうに語っておいてなんですが、私なんかでよかったら、

吐き出したい思いの丈があればぶつけてください(´`)

お話聞くことくらいしか出来ないかもしれないですが、今は「急いで気持ちの整理をする」より、とにかくアウトプットしてデトックスして少しでも気持ちを軽くしてもらって。まずはそこから、

 

近いうちに「気持ちの整理なんていらなかった!考えすぎだった、よかったー!もうー、心配させないでよ!」というお声が聞けるといいなと、微力ながら願っております!

「出る杭」と「嫌われ者を選べる人」 #odaibako

おだい箱の回答

 

今の関西に足りないものは何だと思いますか

 

 

「身長」?

 

 

 

というのは冗談で(冗談でよかったよ)

 

 

昔の関西をよく知らず、関西担デビューしたのも7年前で。その後一番いろいろあった時期に離れててつい最近出戻った身故、大したことも言えませんが生意気にもつらつら書き連ねさせていただきます・・・・。

 

わたしの思う「関西」はどうしてもギャンが真ん中にいるので、的外れなことを申しておりますが、鼻で笑ってください・・・・

 

「足りない」というか、「これがあったらいいな」というものも含め。

 

まずは「出る杭」かな。

まず前提として正直、東も西も同じ感じなのかなって思うけど「デビュー」という明確な目標を掲げにくいご時世からかな、なかなか【目標にむかって目の前の小さなことを1つ1つ叩き砕いていく】という勢いがないというか。(否定してるわけじやわないです。むしろこの難しい条件下ですみんなよくがんばってくれてるなあ、と。おばちゃん涙目です)

 

(その上で東のことは全くわからないけど、)今の関西の子たちってすごく真面目で育ちの良さが出てる子ばっかりだなと、出戻って以来ずっと感じています。

故に1つ1つのお仕事をちゃんとこなしてる反面、こう爪痕というかものすごいインパクトを残せてるような気がしなくて。

礼儀知らずやステージぶち壊しにする奴は論外だけど、こう「俺が!俺が!」ってギラギラしてる子がたくさん現れたら面白いんじゃないかなと。(そういう意味でせーちゃん、川北くんのギラギラ感めっちゃ好きです!いいぞ、もっとやれ(^-^)/)

 

これ関西の方からしたら「他地方民の偏見だよ」って言われそうな気もするけど、

関西の人ってなんかこう、するーっと人の懐に入ってきたり、人の感情をさらっとひったくってっちゃう、魅力いっぱいの方が多い気がするんだよね。すごくうらやましい。

故に、その関西人ならではの天性の"人たらし力"をもってお仕事で人の視線とかハートをしれっとかっさらってくような子が増えていったら面白くなるんじゃないかな~と思います。

 

この間のJUMP大阪27日1部、MCで多くのJUMP担の記憶独占した真鳥氏とか!アンコールでしれっとセンステ独占してソロコンごっこして「関西すげー」と言わせしめた古謝くんとか!レポ見て誇らしかった。

これくらいの【愛おしい図々しさ】を武器に、「杭」にしてファンを増やしていってほしいなと。

捌ける袖間違えて公演中に舞台をパンツ一丁で駆け抜ける若い子がいたっていいじゃん!

多少煙たがられても、イキってるとか天狗だって言われても、俺が俺が!と自分で道切り開こうとしてる子はすごく好きです!みんながんばれー(^-^)/

 

その反面、出る杭と一緒に必要なのが【怒れる人】、自ら【嫌われ者になれる人】

それとその人を支えつつ、時にはその人の代わりに怒れるいわば【女房役】

(要するに"ばど"みたいな人たちね)

 

時代なのかなんなのか、関ジュってすごく穏やかな子が多いように見えて。関ジュが今纏う空気感って「かわいい」「優しい」「平和」が主だっていて、刺激の代わりになる力強いものがなくて。

 

仲の良さは一つの武器になると思うんだけど、いつしかその「仲の良さ」が仇になるときが来てしまうんじゃないか、そろそろだれてきてるんじゃないかと思うこともあって。

 

「怒ることを良しとしない」風潮にある中、時代に逆行するようだけど、ピリピリしてる人が現れたらいいスパイスになるんじゃないかなと思ってます。

 わたしはそもそも「何も言わないこと・怒らないこと」と「優しさ」はイコールじゃないと思っているので。

 

 

今回のクリパで兄組・弟組の区分けがはっきりと見えたわけだし兄組が率先してプレイヤー兼コーチ的ポジションについてくれたらいいのかな?って。(完全に2010~2013年の影響受けまくってますが)

先輩風はどんどん吹かせていこう、兄組。

 

 

個人的には、「あの"仏"と呼ばれた今江くんが唯一ぶちギレた事件」とかあったら面白いなって思います。(Jr.時代の翔ちゃんの「カップラーメンの残りの処分について」とか「同期のお前が片しとけ」発言みたいなね!)

 

あと、余計なお世話だけど、特定のショタを溺愛する文化と辞めジュの名前出す文化わたしは好きじゃないです(小声)

 

 そんなもんかな・・・・・

あとは、難しいかもしれないけど、ユニットかな?

メインのユニットというより、それこそギャン・ジュニボみたいな踊り子職人集団が好きなので、そういうくくりがまた見られたらいいな(*´-`)

 

 

長々と失礼しました(語ってしまった、恥ずかしい)

こんな感じでよかったかな・・・・

 

 

 

 

 

ファンとヲタクの定義、自担論 #odaibako

おだいばこ、140字の倍数で足りる気がしなかったのでこちらで。

 

いずえさんの自担さまにかける想いが大好きな者です。
せっかくなので、質問させてください。
いずえさんの中での、ファンとヲタクの違い・定義、自担と名乗る名乗らないの定義・違いについて教えていただけたらうれしいです。

 

私なんかにこのように言っていただいて・・・勿体なきお言葉・・・・><

このようなお言葉に申し訳ないくらい、わたしなんぞただのジャニヲタメンヘラおばさんです(とほほ)

 

正直なところ「みんな大好き~(^-^)/あの子もこの子みんな自担~(^-^)/好きが溢れて止まらない~(^-^)/」って言えたらなんて楽しいことだろう・・・と思いつつ、私がそんなに器用でもないし時間的にも金銭的にも余裕もないので一ヲタ一担当制を敷いている次第です(笑)

 

さて、まず「ファンとヲタク(オタク)の違い」について。私が思うところはこんな感じ

 

ファン:与えられた物(パフォーマンス)の範疇の中で最大限味わい楽しむ、いわば受け身の存在。

 

オタク:与えられた物について、そのバックグラウンド(歴史や事務所の事情、人間関係等)をひっくるめて総合的に味わい、常に未来予想図を描いている、いわば「自称ブラウン管の向こうのエグゼクティブマネージャー」「ブラウン管の向こうのお母さん」と化してしまったもの。(受動的に見えて、能動的)

他人の考察ツイやブログ読むようになったらオタク。

はてなブログのアカウント取ったら相当なオタク。

 

オタクとヲタクの違いについては、難しいところだけど

「もうほんと私ったら、アイドルごときにこんなに必死になって気持ち悪い!!でもそんな私が愛おしいo(^∇^)o」ってこじらせてる自分を正当化した瞬間にヲタクと化す気がする。あとは「尊い」って言い出したらヲタク。(あくまで個人的見解です)

 

故に

ファン「まいジャニ見た~(^-^)/今日も今江くんニコニコ踊っててかわいかった~(^-^)/また来週も出るといいな~(^-^)/」

オタク「去年の夏は悔しい想いもいっぱいしたけど、今ここのくくりで踊ってる今江くんが誇らしくて仕方ないよ!もっともっと活躍の場が増えますように!!」

ヲタク「まいジャニちょおおおおおよかった!一言で言えば大地が生きてるこの世界には愛しかない・・・・尊い

みたいな感じ(^-^)/

 

自担と名乗る名乗らないの定義について。 

私は一ヲタ一担当制を置いてるので、

【ジャニーズのタレント全員を国立競技場に一列に並べたとき、誰の列につくか】

これが私の担当と名乗る定義です。

 

 

現場的視点については

【「この人のためなら飛行機使える!」と思えるか否か】です。

ちなみに東京大阪は遠征だと思ってないので、担当じゃなくてもチケットがあれば行きます。

旅行大好きフットワーク足軽人間なので、チケットあったら日本中飛び回っちゃいそうなので、逆に「だめ!飛行機は担当さんにしか使わないの!」って自戒するためでもあります。

 

物事を語る上である程度の知識がないと語っちゃいけない、表層程度の知識で物事を語るのはその界隈の方に失礼だ

と思っているので、担当さん以外の方についてはあくまで「ファン」として発言したいなと思ってます。知りもしないのに語る資格なんてないしね。(あいつにわかのくせにうるせーな、って不快な想いさせちゃだめだしね)

とかいいつつ、きっと他の方からしたら「何言ってんだこいつ」ってツイートばっかり垂れ流してると思うので不快だったらリムブロお願いします!

 

長々と語りましたが、要するに

 

今江くんを取り巻く森羅万象尊い

バンザイ!今江くんに会えてよかったこのままずっとずっと死ぬまでハッピー!

今江くん、わたしの目の前に現れてくれてありがとう

 

ということです。(これを"キモヲタ"と世間は呼びます)

 

以上。

「半径5メートルの世界」と「久保みねヒャダこじらせナイト」

「最近の若者は半径5メートルの世界にしか興味がない」

 

という言葉を初めて聞いたとき

20代なりたて、20代という10年間を『勢いも元気もある、何でもできる輝かしい10年間』と捉え一人で【未来に乾杯ⓒ淳弥】していた私は

「日本の若者ってそんなに視野が狭いの?人生つまんなくない?」

「少なくとも私は違う。これから就職して社会に出る私が、半径5メーターで収まるわけがない」

と思っていた。

 

ちょうど就職活動に向けたインターンも始まり、ちょっと知識が増えて、ちょっと世の中分かった気になっていて。

社会人に異様な憧れを持っていて。

 

「半径5メートル」を少しだけバカにしていた。

 

あれから時は流れ、大学を卒業し、社会に出て、公私共に様々なことを経験し、

20代というステージから退く準備をしなければならない年齢に突入した。

 

「仕事を通して、ヒト・モノ・コト様々なものに触れ、広い世界で生きていきたい」

とかいうくっそさぶい”固定ツイート”を胸に飛び込んだ「社会人」というステージ。

 

”若手”と呼んでもらえないポジションに来た今、ある程度「仕事を通して」という文言が通用するようになった今、

自分を俯瞰してみたら小バカにしていた「半径5メートル」どころかたかだか「半径数十センチ」の世界でしか生きていないことに気づく。

 

あれだけ憧れを抱いていた「社会人」という生活。

今となっては、何の特別な感情もない、ただのルーティンでしかなくなってしまった。

「好き」の反対を「無関心」と仮定したとき、「仕事は好きか」と聞かれたら、間違いなく「無関心」と答えるくらい。今となっては「特筆することもない」ものとなってしまった。

 

物事への興味の範囲もどんどん狭まってしまった。

ジャニヲタしてるおかげでまだ多少は視野を広く保てているとは思うが、

それ以外に興味があることなんて、検索履歴を見てみても「服・化粧・食事・テレビ」くらいで、本当に「自分の身の回り」のことにしか興味を持てていなくて

半径を使うまでもない、【狭い狭い世界で1日1日を消費している】ことを痛感する。

 

 

 

数年前【冴えない自分にしょんぼりする度、Facebookを開いて知人の生活の1ショッを見て「私はなんてくだらない人生を送っているんだろう」と絶望する・・・】というドMな遊びをしていた。

 

「内向的・引きこもり体質・ケチ・オタク・コミュ障」な私と相反する「リア充」という世界。

 

「1つ1つの出会いに感謝!」「思い出は宝物」「みんなと一緒にいられてハッピー!」なこのご時世で、SNSに投稿できるような・知人に発信できるような人生を送っていない自分に嫌気が差し、生きづらさを感じていた節もあった。

 

そんなときに「久保みねヒャダこじらせナイト」に出会った。

 

きっかけは「水球ヤンキース」の番宣(?)で千葉君が出演したから(だったような気がする)。

 

正直初見の回のことは全く覚えていない。

だけど、だいたい番宣のために出た番組は、その回だけ見て二度とレギュラー放送を見ることはないのに

3年経った今日の今日まで毎週録画設定で見続けているというととは、初めて見たあの回と相当なシンクロ率を果たせ、「細胞レベルで毎週録画に設定した」のだと思う。

 

 「久保みねヒャダこじらせナイト」 の何がいいか、なんて今まで考えたこともなかった。「好きなことに理由はいらない、そうさNo Reason」。それくらい当たり前の存在としか思っていなかった。

 

でも、今、正直こんなエントリを挙げる機会なんて全く望んでなかったけど、

どうしても文字にしたい、しなきゃいけない、と思ったからとにかく思いのままに書くことにする。

 

私はこの番組にすごく救われた。

 

久保さん・能町さん・ヒャダインさんは、それぞれの分野で成功し地位を築いたすごい方。一視聴者の私から見たら雲の上、雲の上どころか大気圏を飛び越え銀河レベルで遠い遠い存在の人。なのに「こじらせナイト」の中では「テレビの中の人」と「視聴者」

の間に、間というか「U」 【テレビU視聴者】の 絶妙な位置にいてくださる。

 

「若者がテレビを見なくなった」という言葉に新鮮味すら感じなくなった今。

テレビがネットをさんざん敵視しておいて、ここにきて(雑に)アプローチをとり始めた今。

「こじらせナイト」ははじめから【テレビ・ネット・テレビの中の人・視聴者】すべての人を包括する【U】にいる。

 

ネット上でちょっと話題になった出来事について、特に誰かと話すこともなく、一人心の中(またはTwitter)でツッコミを入れることが多々あった。そんなことを話す相手がいない自分・人に話せないようなことに時間を費やす自分を情けなく思い、バカげていると思ったことがあった。あるとき、たまたま久保みねヒャダでその話題が取り上げられ、3人が様々な観点で楽しそうに話していた。ゴールがあるわけじゃないし、ゴールインさせる必要がある話題でもない。オチがどんなだったか覚えてないけど、それでも3人の会話を見て心がふわーっと軽くなったことだけは覚えている。

 

「テレビに出てるすごい人も、私みたいにくだらないこと考えて楽しめるんだ」と言葉は失礼だが、嬉しかった。

 

「体育への恨みつらみ川柳」も「予想を下回る絶妙な料理」も「1snt(シニタ)」「脳内BGM」「職場ピエロ」も。

日常生活でふと思いついたものの、自ら「くだらない」と切り捨て、心の中でお蔵入りさせたアイデアや感情はいくつもあった。でも視聴者投稿やお三方の作品に触れ「あ、こういうこと考えるの私だけじゃなかったんだ!」とホっとした。ホッとしたし、自分の(今までくだらないと思っていた)心に移り行くあれこれに【愛おしさ】さえ覚えた。

 

社会不適合者の上にジャニヲタという救いようのない自分に嫌気が差して、せめて少しは普通の人間に近づけるようになろうと思って「ジャニーズが好き」という気持ちを捨てようかと思ったことがあった。そんなとき、好きなものを通して熱く楽しい会話を繰り広げるお3方の姿が私に【好きなものを好きといえる強さ】の大切さを教えてくれた。

同時に 何かを「好き」だとか「こじらせてる」という感情が、時に視野を広げてくれることも教えてくれた。【何かに夢中になってる自分】を肯定させてくれた。

 

「久保みねヒャダこじらせナイト」が取り上げる話題は、ほとんどが『誰かの半径5メートルの世界』のものだ。

だけど、「誰かと誰かの半径5メートル」がテレビを通して近づき・つながり、『半径5メートル』でありつつ実は見えないところで『日本列島規模』の事象になっていたりもする。

「こじらせナイト」は「半径5メートル」をネガティブに捉えず、むしろ自分の『半径5メートルの世界』を愛おしさを感じさせてくれる番組なのだ。

そして「自分の世界の半径」は、「こじらせ」というエッセンスのおかげで時に広くなったりもする。

 

「自分を好きになれた」とかそんな大げさなこっぱずかしいことは言えないけど。

「今の社会に適合できてない自分」は情けないけど、「自分が今までにしてきたこと」「自分の考え方」を 認めてあげられるようになったのは、間違いなくこじらせナイトのおかげだ。

 

 

「私みたいに人生に行き詰ってる人に見てほしい」なんて宣伝をするつもりは一切ない(それに、これは番宣コピーとしては0点どころかマイナスだと思う)。

 

「私ったら・・・ほんと、もう」と思ったとき、「ま、人生そんなに気張らなくていいや。」とほっと一息できる、そんなお茶屋さんみたいな場所、それが私にとっての「久保みねヒャダこじらせナイト」だ。

 

「物事には必ず終わりがある」そんなことはわかってはいるけれど

ピリオドを打つのは今じゃない。

むしろ、これからの時代、こういう番組が世の中には必要だと思う。

番組にマンネリ化も質の低下も感じていない、今、なぜ「終了」という2文字が偉い人の頭に浮かんだのかまったくも理解ができない。

 

2週遅れの東海テレビ圏民がいうのもなんだけど、10月からも今までどおりこじらせナイトがある1週間を過ごしたい

私も番組ステッカーほしい。投稿できてないネタがたくさんあるから、私のネタストックが切れるまでちょっと待っててほしい。       

千葉くんとヒャダインさんの2丁目芝居だって、こじらせ旅だってもっともっと観たい。

まだまだ観たいものが多すぎて、不完全燃焼にもほどがあって、「太陽フレア」どころか「こじらせフレア」でどうにかなってしまいそうだ。

 

つまらぬことをつらつらと書きましたが、

最後に何の権力もない一視聴者のたわごとでしかないが、どこかの誰かにこのエントリが届くことを願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長く短い祭りの後に~ロスになんてさせてもらえなかった~

ドラマでも舞台でもコンサートでも何でもそうなのだが

「始まりがあるものには全て終わりがある」

 

そんなことくらい頭で十分理解もしているし、どうしようもないことくらい分かっているけど

この時間がずっと続いてほしい

最終日なんてずっとこなければいいのに

これが終わったら私は何を楽しみにしたらいいの

 

と来るべきXデーに恐れ戦いて

そしてやっぱり思った通りにいわゆる【ロス】に陥る。

 

その作品への愛や感情輸入が深ければ深いほど、懐古と寂寥感に苛まれながら長く長く深く深く【ロス】をこじらせてしまう。

(とはいうもののなんだかんだ数週間後にはケロッとロスも抜けてまた新しい楽しみにどっぷり浸かっているのだけれど)

 

この夏私は2つの【ロス】と握手しかねなかった。*1

 

1つ目は「おんな城主直虎」の【政次ロス】

史実から考えても途中退場することははっきり分かっていたはずなのにのに、いや分かっていたからこそ

7月末から8月20日にかけての約1ヶ月、気が気じゃなかった。

「たかがドラマ」と言われることを承知で言うけど、ほんっっっっとうにしんどかった。良くも悪くもしんどかった。

大河ドラマはほぼ毎年なんとなく観てはいたけれど、ここまで物語の世界観にどっぷり溺れた大河なんて久しぶりだったし、登場人物にここまで思い入れを持てたのも初めてだった。

小野但馬に、鶴に、政次に、高橋一生氏に、そして何より森下脚本にまんまと振り回されて嵌められて、悔しいけどすごく充実していた。続きが気になって「早く次の回が見たい!」なんて思ったの、半沢直樹以来だった。

政次が、鶴が、とても魅力的な人物で、いなくなるなんて考えたくないくらい必要な人だったから、

実は私たちが知ってる史実は、まやかしだったんじゃないか、そうであってほしい。なんなら「今からでも遅くないから*2歴史学者もびっくりな新たな文献とか発掘されないかしら!!」と戯言を言いたくなるくらい、政次の退場を受け入れられなかった。

 

 

そしてもうひとつのロスは「少年たち~南の島に雪が降る~」の【囚人No.55(今江くん)ロス】

 

(正直舞台に対して言いたいことを1つ1つ挙げていったら、1エントリ分は余裕で費やせる気もするけど)

一瞬の瞬きも惜しいくらい、ずっとずっと目の前にいてほしいくらい良かった。

松竹座で夏を過ごすのもやっとのことで片手じゃ収まらないくらいになったけど、

これまでで【一番終わってほしくない夏】だと思った。

 

 

そんな悶々とした想いを抱きながらも20日に政次退場・27日の「少年たち」閉幕を乗り越えたわけだが、いざ蓋を開けてみたら【ロス】るどころかすごく【前向き】な自分がいるのが実際のところだった。

 

「直虎」に対して言えば、あの名場面、

"直虎が政次の旨を槍でついたあのシーン"、

あそこの政次の笑顔に全部のこの得体の知れない不安や悲しみを浄化してもらったような感覚だった。

正直、高橋一生さん目当てで観始めた直虎だった。政次が退場したら観るの辞めちゃうかもなーと思いながら見始めた大河だった。

しかし、見続けていくうちに森下脚本と俳優陣の化学反応に巻き込まれ

「政次が、直虎が、井伊家がどんな道を進むのか」まるで自分がその時代に生きる、時に井伊の者・時に戦国大名のような目線で物語を捉えるようになってしまった。

政次がいないことは寂しい。何らかの形でまた出て来てほしいとは思う。

でも、それ以上に【(それだけ魅力的だった)政次が命を懸けてまで守った井伊がどんな道を進むのか】を見届けなくてはならないような、そんな勝手な使命感すら感じるようになった。(故に27日の回は視聴済★)

 

「始まりと呼ばれるものは、しばしば終末であり、終止符を打つということは、新たな始まりでもある。」(T.S.エリオット)

この言葉が妙に今のドラマの中での井伊(と視聴者)にシンクロしているような気もしていて、ふと気づけば【政次ロス】なんて概念はすっかりどこかに行ってしまった。

 逆にロスってること自体、政次に失礼な気すらもする。

高橋一生氏と森下脚本にまんまとしてやられた。

 

「少年たち」はまた違う過程ではあったが、気付いたら「終わり」を悲観的に感じなくなっていた。「はやく終わってほしい」とまでは言わないが、それでも「終わらないでほしい」という想いより次の季節への期待が上まっている。

『"次"が必ずあるわけではない』ことは重々重々理解しているものの、なんならこれがもし最悪最後だったとしても「今江くんに対してなんの文句もない!」と胸を張って言えるくらい清々しい気持ちで幕が降りるのを見届けられた気でいる。

 

今年は(×は→○も)だいたい週1ペースでお邪魔できたのだが、初見(第一週)の時点で今江くんの演技の完成度の高さに驚いた。所々「ここの言い回しが気になるな」と言ったところもあったけれど、声量も立ち回りも顔の演技も見事で「この人のファンでいられて誇らしい」と思うくらいだった。『この舞台がずっとずっと続けばいいのに、そしたらNo.55の囚人さんにもっとたくさん会えるのに』と思っていた。

しかし、観劇を重ねていくうちに回を重ねる度にどんどん良くなる今江くんの演技をみて

この「少年たち」に止まらず『もっともっと色んな演技が見たい』と思うようになった。

 

 

去年までも漠然と「はやく演技してるのが見たい」と思っていたけれど今までとは全く違う。

笑いを取ることに囚われない舞台だったら

時代劇だったら

「カラフト伯父さん」のようなストレートプレイだったら

もっと話の筋がしっかりしていて深く役作り出来る作品だったら

どんな演技をみせてくれるんだろう、と。

 

「演技してる今江くんに会いたい」じゃなくて、【今江くんの演技をもっともっと見たい】という感情を抱けるようになった。

舞台序盤に突然【役が降りてきた】伊野尾くんみたいに、今江くんに役が降りたところも見てみたいという期待もある。

 

特に今の関西Jr.を取り巻く状況下ではそう簡単にチャンスが回ってこないことも理解はしているし、最悪のケースも考えながら過ごさなきゃいけない側面もある。

それでも、例え叶わなかったとしても「ちょっとだけでも夢を見られる位置にきてくれたこと」「夢を見てもいいような土台をつくってくれたこと」この2つのことのおかげで【ロス】になんかならずに、【未来は明るい】と思えるのかもしれない。

 

結局のところ、何かを終わらせるピリオドに「先を明るく照らす"強さ"」があったから、ロスなんて忘れてしまうくらいの充実感を得られたのかもしれない。

 

例えそれが虚構の世界のことであっても、「次の何か」に期待できること・想いを馳せられることが【ロスってる場合じゃない】と背中を押してくれているのかもしれない。

 

まだまだ暑い日は続きそうだが、これをもって(おたく的)オフシーズンに入る。

長いようであっという間の祭りも終わる。

当分の間はふと懐古に浸るときもあるだろうけど、

この夏を共に過ごした二つの作品・役者さんのお陰で次の季節に向けて軽快な1歩を歩めるような気がする。

 

また次の季節以降も、【××ロスが今から怖い><】と思えるような素敵な何かに出会えることを期待しつつ。

おたくは黙ってせっせと貯金に勤しむこととする。(これだけ偉そうに語っておきながら「あまロス」は長いこと引きずったんだけどね)

 

 

 

 

 

 

尚、当面の一番の楽しみは「直虎で寺田心くんがどうやって菅田将暉くんに変わるか」である。

 

ちゃんちゃん。

*1:feat.水の帰る場所

*2:正直全く間に合わない

私の現場必需品~ライブ用耳栓のすすめ~

この耳栓のおかげで、頭痛の心配もなくなりライブが一層楽しくなりました

 (20代/社会人/女性/バック担)

 

これでもうスピーカー目の前の座席が来ても安心です

 (20代/社会人/女性/バック担)

 

ライブの爆音による耳鳴りもなくなりました

(20代/社会人/女性/バック担)

 

あんなに怖かった特効も心なしかかわいらしく思えてきました

(20代/社会人/女性/バック担)

 

全て私の感想です(でしょうね)

 

 

ことのはじまりはこれ

 

この日、アリーナバクステ側だったにも関わらず(なのかだからこそなのか)ホール内の音量の大きさに対応しきれなくて

公演終わってから頭いたくなるわ、耳鳴りするわ、立ち位置変更でおセンチになるわの三重苦を背負うはめになりなかなか寝付けませんでした。

 

ライブの音量でヘトヘトになったのはこれが初めてじゃなくて、同様に16/11/3のJUMP DEAR.でも音量の大きさに違和感を感じいて。

このときはメインステ寄りスタンドだったから、位置上うるさく聞こえるのは仕方ないのかな?なんて思っていたんだけど。

 

ただ、(大きな声では言えないけど某年下組ユニ曲でトイレ行った際)ロビーに出ても音漏ればっちり聴こえてきたのでガイシの音量って大きめなのかな?

 

2016年17年にかけて、他に城ホ・グランディ・横アリ・京セラにお邪魔したけどこんな経験はしたことなかったし・・・・

 

 

そんなこんなで、万が一ライブで難聴になんてなったりしたら笑い事で済まない!!!と思い、止まらない耳鳴りにビクビクしながら

「ライブ 耳鳴り」でおっけーぐーぐる!してみました。

 

結局のところ、ガイシが特別うるさい・・・というわけでもないけど、

やはりライブの爆音で耳が聴こえづらくなる経験をした方も少なくはないようで。

(アーティストが難聴になるのと原理は同じとのこと)

 

私自身、一時ストレスで低い音が聞き取りづらかった時期があって(お薬と休養で良くなったけど)。日頃walkmanで音楽聴くときは出来るだけ小さな音で聴くようにはしてるんだけど。次何か起きたら本当に危ないんじゃないか・・・とビクビクして。

 

これ以上耳を酷使したくない!でもコンサには行きたい!!!なんとかこの不安な状況を脱したい!!!という思いで更に検索を進めた結果、以下のエントリに辿り着きました。

sauce3.hatenablog.com

 

 

 もともとライブ用耳栓の存在は知ってはいたものの、なんとなくその効用が信じられず。

たかだか1000円ちょいの買い物にもビビって見てみぬふりしてました。

 

でも、物は試し、1000円ちょいで今後の快適コンサライフが保証されるなら安い買い物じゃないか!と思い

私は後日Amazonでポチっていました。

ちなみにこの頃、まさにAmazonに酷使されるヤマトさんの話題でネット上が持ちきりだった頃故断腸の想いでポチりました。

【再配達は悪だ】をモットーに絶対に受け取りできる日に指定したから許して。

 

この耳栓、大小2サイズ入ってたので、

わたしは"小"を持ち運びケースに入れて使ってます。

キーホルダー型だからいつも持ち歩くものにひっかけられたらいいんだけど、現場毎に装備が変わる人なので、

缶ケースに入れて持ち歩くことにしました。

 

f:id:no10enough:20170401211836j:image

(VOCE付録 ポール&丈の缶ケース)

 

分かりづらいけど右側の右端のシルバーの円柱がケース。その下のネジみたいなのが蓋兼キーホルダー部分。

 

一緒にジャニヲタ新神器マステ、(今は切らしちゃったけど)ペンラ用替え電池、公演中は双眼鏡のレンズカバーを入れてます。

 

To:連番してくれるお友達各位

"大"の耳栓も予備で持ち歩いてるから、公演中耳痛くなったらお貸しするので声かけてね(*´-`)

 

 さて、実際の効果ですが

まずはじめに役に立ったのが、春松竹。

左右列前半番号という最高にありがたいお席かつ、スピーカー至近距離。

間近のスピーカーにビビりにビビっていましたが、この耳栓のお陰か(松竹でそもそも音量気になったことはなかったけど)無事に1公演快適に過ごせました。

その後のエコパ、城ホ(なうぇすと)でもスピーカー近かったけどガイシのような気持ち悪さもなく。真の価値はガイシに行った時に試されるのかもしれないけど。

 

耳栓してるとはいっても、お友達との会話レベルでなんの不便もなかったからデメリットは感じなかったかなー。

まとりたん(副担任の真鳥)の呪文もなんとなく聴き取れたし!

2階中列でも丈ちゃんの地声聞こえたし!

 

イメージ的には

【音の情報量はそのままに音量だけ抑えてくれる】ような感覚でした。


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耳栓がないときは、"音"という大きな物体にに頭ごと殴られて、その勢いが耳の奥まで攻撃してくるような


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 でも、耳栓つけたら情報量はそのままに必要な音量分だけ耳に入ってくるような感覚で。

これ鉄工業界的にいう、仕上げ加工の"引き抜き"みたいな(わかんねーよ)

音の風圧というか攻撃を全く受けず、耳栓介してするする~っと入ってくる感覚でした。

 

エコパで公演中、入れ直す為に耳栓一瞬取ったんだけど「えっ、こんなにうるさかったの?」って思ったくらいだからそれなりに効果アリなんじゃないかなと。

(あくまで個人の感想です)

 

耳のトラブルって突然起きるし、一度起こるとやたらと面倒なことも多いのでライブの音量にお困りの方や、今後の現場ライフで困ったことがあった際このエントリが誰かのお役に立てば幸いです。

 

7月にスキマスイッチの対バンツアーでZepp行くのでここでなにか新しい発見があったらエントリあげます。

 

 

今江くんのお仕事雑記 2017年3月

4(日)~28(火) 関西ジャニーズJr. 春のSHOW合戦 大阪松竹座

※休演日 16(木)

 

5(日)まいど!ジャーニィ SHOW TIME「Beat of life 」

関西ジャニーズJr.とれたて関ジュース(藤原・道枝)

 

7(火)POTATO WiNKUP

関じゅ日誌(9回目)

 

12(日)まいど!ジャーニィ SHOW TIME「Beat of life 」

関西ジャニーズJr. とれたて関ジュース

 

19(日)関西ジャニーズJr.とれたて関ジュース

 

26(日)関西ジャニーズJr.とれたて関ジュース

 

28(火)18:00 ジャニーズWEST LIVE TOUR2017なうぇすと 大阪城ホール

 

29(水)15:00/19:00 ジャニーズWEST LIVE TOUR2017なうぇすと 大阪城ホール

 

 

★Funky8お仕事

藤原:3/5 12 19 26 (日)とれたて関ジュース

藤原・草間:22(水)ジャニ勉 お値段丸ごとSHOW TIME

関じゅ日誌:1(水)藤原 12(土)真鳥 16(木)朝田 18(土)草間 20(祝・月)大橋 23(木)末澤 24(金)古謝